今日の日本では「都市」と「自然」の関係はどうあるべきだと考えられているのだろうか。
「自然」という言葉は、日本が近代化する以前から使われてきた言葉であり、natureの翻訳語として使われるようになった言葉。
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「自然」ということばも、やはり近代以降、西欧語のnatureの翻訳語として使われるようになった。が、これは翻訳のための新造語ではない。漢籍にもたとえば老子の古い用例があり、日本語としても、仏教用語の「自然jinen」などは、歴史も長いことばである。しかも、近代以降、「自然」が翻訳語として使われるようになっても、同時に、それとは別に、多くの人々に使われつづけていたことばである。つまり、近代以後、今日に至る私たちの「自然」ということばには、新しいnatureの翻訳語としての意味と、古い伝統的な意味とが共存しているのである。
【p.127】
翻訳語「自然」には、natureという原語の意味と、伝来の日本語としての「自然」の意味とが混在し、その結果として、ただ二つの意味が共存している、というだけではなくて、いわば第三の意味ともいうべき、翻訳語特有の効果を生み出しているのである。
【p.128】
『広辞苑』(1976年)によると、
し-ぜん[自然]①(ジネンとも)おのずからそうなっているさま。天然のままで人為の加わらないさま。②(nature)(イ)人工・人為になったものとしての文化に対し、人力によって変更・形成・規整されることなく、おのずからなる生成・展開によって成りいでた状態。...(ニ)精神に対して、外的経験の対象の総体。即ち、物体界とその諸現象。
となっている。この①の意味が伝来の日本語の意味で、②が翻訳語「自然」の意味である。
また『大漢和辞典』(1958年)によると、
【自然】シゼン(一)人為の加わらない義。天然。本来のまま。おのづから。[老子]人法地、地法天、天法道、道法自然。
となっている。老子のこの有名な文句は、「人は地に法り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る」の「自然」とは、この『大漢和辞典』に述べられている「おのづから」というような意味であり、そしてそれはまた、『広辞苑』で述べられている今日の私たちの「自然」の伝来の意味とも、ほとんど共通なのである。
【pp.132-133】
natureは客体の側に属し、人為のような主体の側と対立するが、伝来の意味の「自然」とは、主体・客体という対立を消し去ったような、言わば主客未分、主客合一の世界である、といえる。
さらに、伝来の「自然」は、副詞、または「自然な」のように形容動詞として使われることが多いが、natureは名詞である、という違いがある。これもまた重要である。
【pp.133-134】
「自然」ということばの翻訳語としての用法には、およそ三つの重要な分野があった。「自然法」という法律上の用法、「自然科学」のような科学上の用法、そして「自然主義」という文学上の用法である。
この中では「自然法」という用語の定着は、もっとも早かったようである。natural lawは、幕末—明治初期の頃は、「性法」あるいは「天律」などと訳されていた。natureは「性」または「天」というわけである。1881(明治十四年)年、『性法講義抄』と題したボアソナードの講義録が出版されている。講義じたいは1874(明治七)年に行われたものだが、後に司法省法学校の井上操がまとめたものである。それによると、「性法」と並んで、時に「自然法」という用語が使われており、少なくともこの本の出た当時、「自然法」という言い方が、次第に「性法」にとって代わり始めていたことをうかがうことができる。
【pp.137-138】
「自然」科学の分野では、natureの翻訳語としては、「天」とか「天然」とか「天地」とか「万物」などを使うのがふつうであった。たとえば、1886(明治十九)年、当時の代表的「自然」科学者、石川千代松の『百工開源』では、その「緒言」に、「Nature and Art」(天造と人工)と書かれているのである。
【p.138】
明治十年代の頃から、「自然科学」上の用語である「自然淘汰」ということばが盛んに使われ、思想界における流行語のひとつともなった。
「自然淘汰」はもちろんnatural selectionの翻訳語で、ダーウィンの進化論のキー・ワードである。流行のきっかけは、加藤弘之が『人権新説』(1882(明治十五)年)で、これを社会や歴史を分析する概念として使用したことにある。
では、この「自然淘汰」の「自然」とは何であったのか。結論を先に言うと、この「自然」には、natureの意味は乏しかった。むしろ日本語の「自然」で、「おのずから」の淘汰、というように理解されていた。いや、もっと正確に言えば、前述の、第三の意味をもつことばとしての翻訳語「自然」であった。意味ははっきりしていなくても、翻訳語特有の「効果」によって、ある重要な意味を担っているはずだとされるようなことば、として使われていたのである。
【p.139】
実はよく意味の分からない、が重要な意味がそこにこめられているに違いない。そういうことばから、天降り的に、演繹的に、深遠な意味が導き出され、論理を導くのである。
【p.142】
日本の「自然主義」については、すでに多くの意見や批判がある。とくに、naturalismは、その代表者ゾラが、「自然」科学者クロード・ベルナールの「実験医学序説」の影響を受けて、「自然」科学の方法にならって小説を描こうとした方法を意味しているのに、日本の「自然主義」は、それを理解しなかった、あるいは誤解した、と言われるのである。
【p.143】
一つの翻訳語をめぐる伝来の母国語の意味と、翻訳語の原語の意味との混在という現象は、人々に気づかれがたいのである。
ただ一つのことば、ただ一つの意味が初めにあって、それを西欧ではnatureと言い、日本では「自然」と言う、のではない。この単純明快な事実を理解することは、しかし非常にむずかしい。とくに日本の知識人にとってむずかしいようである。
「自然」とは、natureということばが日本にくる以前に日本語であった。それが、natureの翻訳語として用いられるようになって、以後、natureと等しい意味のことばになったわけではない。学者や知識人が、ことばの意味をどう定めようと、単なる記号ならいざ知らず、現実に生きていることばは、少数者の定義で左右できるものではない。また、巌本や花袋が、意識的にはnatureと同じと思いながら、伝来の「自然」の意味を動かしがたかったように、ことばの意味は、使用する人の意識を超えた事実なのである。
【p.145】
「自然主義」とはnaturalismと等しいことばではなかった。
【p.145】
花袋は、『花袋文話』(1911(明治44)年)で、こう語っている。
自分の内面も亦一自然である。他の宇宙が自然であると同じように、矢張自己も一自然であるといふことである。そして同じ法則が、同じリズムが同じやうに自他を透して流れてゐるといふことである。
【p.146】
島村抱月は、「今の文壇と自然主義」(1907(明治40)年)でこう言う。
事象に物我の合体を見る、自然はここに至ってその全円を事象の中に展開するのである。その事象は冷かなる現実客観の事象に非ずして、雲の眼開け、生命の機覚めたる刹那の事実である。
無念無想後の我れの情、我れの生命は、事象と相合体して、生きた自然、開眼した自然の図を作って来る。物我融会して自然の全円を現じ来たるとは此の謂ひである。
【p.147】
「自他を透して流れてゐる」とか、「物我融会」というように語られる「自然」は、もちろんnatureではなく、伝来の「自然」の意味からやってくる。しかし、こうして語られている「自然」は、伝来の「自然」とまったく同じなのではない。「自然」は、「我」に対して対象化されている。その反対側に、「自然」に対する「我」がいる。
見出された「我」は、しかし主体としての立場を貫いていくわけではない。見出されると同時に、「自他」一つになり、「融会」しようとする。「自他」の対立する存在の発見と、それにつづく「自他」が一つに帰する運動、それが「自然」なのであり、伝統的な「自然」の意味は、こうしてとりもどされる。
【p.147】
「自然」は、natureの翻訳語とされることによって、直ちにnatureの意味がそこに乗り移ってきたわけではない。「自然」は、翻訳語とされることによって、まずnatureと同じような語法が使われるようになった。論理学の用語で言えば、内包的な意味はもとのままで、外延的に、あたかもnatureということばのように扱われた。対象世界を語ることばのように扱われた。これは意味の上からは矛盾である。そしてこの矛盾が、新しい意味を求め、「自然」ということばの使用者は、矛盾を埋めるような意味を求めていく。こうして、あえて、意識的に「自然」であろうとし、「自他」「融会」する。「自然」の意味はこうして回復され。同時に新しい意味を生み出しているのである。
【pp.-147-148】
参照【「翻訳語成立事情」柳父 章著,岩波新書】
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Sunday, July 13, 2008
Saturday, July 12, 2008
存在 - being (2)
日本語の「存在」はあえて意味を調べる必要あるとは思えない言葉だと感じるが、それはカセット効果が働いている翻訳語でしかない。ただ「存在」として翻訳語を眺めているだけでは、オリジナルの西欧語の文脈は知りえない。
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神学theologyや哲学philosophy、形而上学metaphysicsが終わりに達したと考えることが実際何を意味しているのかを反省してみるのが懸命だろう。それはたしかに神が死んだということではない。それは神の存在beingについて知り得ないのと同じく我々の知り得ないようなことである。そうではなくて、数千年来、神について考えられてきた考え方がもはや説得的ではないということなのである。もし何かが死んだのなら、それが可能なのは神についての伝統的な考えだけである。同じよなことが哲学philosophyと形而上学metaphysicsの終演ということについても当てはまる。人間のこの世への登場と時を同じくする古来からの問題が「無意味」になったのではなく、その枠組みや答えの仕方が妥当性を失ったのである。
終わってしまったは、感覚的なものと超感覚的なものとの基本的な区別である。この区別は、少なくともパルメニデス以来、感覚に与えられないものは — 神godであれ、存在beingであれ、第一原理かつ原因(archai)であれ、イデアideaであれ —、現象phenomenonするよりも実在的で、真実であり意味が深いものであり、感覚知覚を声出るだけでなく、感覚世界の上の方にあるのだという考えと一緒になっているのだが、これが終わったのである。「死んで」いるのはこのような「永遠の真理」の限定ということだけではなく、区別そのものなのである。
【p.13】
デモクリトスによって、超感覚的なものの器官である精神と感覚との間の小対話で、これ以上ないほど単純明快に予言的に行われている。精神が言う。
「感覚知覚は幻影だ。それは身体の条件によって変化するからだ。甘さ、苦さ、色などというものは、人間の取り決めによって(nomō)存在するのであって、現象の背後にある真の自然によって(physei)いるのではないのだ」と。これに対して、感覚は答える。
「哀れな精神よ!お前は、証拠[pisteis,信用できるものすべて]を私たちからとっておきながら我々を打ち倒そうというのか。我々を打倒すればお前が滅亡することになるぞ」。
言いかえれば、一旦、これまでいつも周到に保たれてきた二つの世界のバランスが失われてしまうと、「真の世界」が「仮象の世界」を絶滅しようと、その反対であろうと、我々がの思考がつねづね依拠してきた枠組み全体が崩壊していく。そのように見ると、何ももう大した意味がないかのように見えるだろう。
【p.14】
参照【「精神の生活」ハンナ・アレント著,岩波書店】
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神学theologyや哲学philosophy、形而上学metaphysicsが終わりに達したと考えることが実際何を意味しているのかを反省してみるのが懸命だろう。それはたしかに神が死んだということではない。それは神の存在beingについて知り得ないのと同じく我々の知り得ないようなことである。そうではなくて、数千年来、神について考えられてきた考え方がもはや説得的ではないということなのである。もし何かが死んだのなら、それが可能なのは神についての伝統的な考えだけである。同じよなことが哲学philosophyと形而上学metaphysicsの終演ということについても当てはまる。人間のこの世への登場と時を同じくする古来からの問題が「無意味」になったのではなく、その枠組みや答えの仕方が妥当性を失ったのである。
終わってしまったは、感覚的なものと超感覚的なものとの基本的な区別である。この区別は、少なくともパルメニデス以来、感覚に与えられないものは — 神godであれ、存在beingであれ、第一原理かつ原因(archai)であれ、イデアideaであれ —、現象phenomenonするよりも実在的で、真実であり意味が深いものであり、感覚知覚を声出るだけでなく、感覚世界の上の方にあるのだという考えと一緒になっているのだが、これが終わったのである。「死んで」いるのはこのような「永遠の真理」の限定ということだけではなく、区別そのものなのである。
【p.13】
デモクリトスによって、超感覚的なものの器官である精神と感覚との間の小対話で、これ以上ないほど単純明快に予言的に行われている。精神が言う。
「感覚知覚は幻影だ。それは身体の条件によって変化するからだ。甘さ、苦さ、色などというものは、人間の取り決めによって(nomō)存在するのであって、現象の背後にある真の自然によって(physei)いるのではないのだ」と。これに対して、感覚は答える。
「哀れな精神よ!お前は、証拠[pisteis,信用できるものすべて]を私たちからとっておきながら我々を打ち倒そうというのか。我々を打倒すればお前が滅亡することになるぞ」。
言いかえれば、一旦、これまでいつも周到に保たれてきた二つの世界のバランスが失われてしまうと、「真の世界」が「仮象の世界」を絶滅しようと、その反対であろうと、我々がの思考がつねづね依拠してきた枠組み全体が崩壊していく。そのように見ると、何ももう大した意味がないかのように見えるだろう。
【p.14】
参照【「精神の生活」ハンナ・アレント著,岩波書店】
存在 - being
「存在」や「〜である」という日本語は現在ではあたりまえだが、これもまた日本の翻訳語。
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Je pense, donc je suis. つまり英語で言えば、
I think therefore I am. は、日本語では、
私は考える、だから私はある。というように翻訳され、「ある」という表現になっている。
【p.120】
簡単に図式化すれば、
suis→存在する→ある
という、いわば二段階の翻訳の過程をたどっているのである。この矢印の方向は、一方通行であって、逆の方向の思考の働きはない。
【p.121】
「ある」という一見やさしい、日常語風のことば使いは、実は日常語の文脈のルールに従って使われているのではなく、西欧語から翻訳用日本語へ、さらにその翻訳用日本語からの翻訳、という経路で天降ってきたのである。哲学の専門家にとっては、表面上「ある」とは言われていても、その頭の中では、suisなどの横文字と、その翻訳語「存在する」が働いており、そのことばで考えている。「ある」で考えているのではない。だからこそ、「私はある」ということば使いのおかしさが、これまで全く見過ごされてきたのである。
【p.122】
デカルトの『方法序説』で、前掲文の少し後のところでは、このje suisということを、mon étre(私のétre)と言い換え、そのことからまた、Étre parfait(完全なétre、つまり神)を考える。ここでは、suisの名詞形étreの方が、思考の中心になる。そしてまた、このétreは、名詞であるとともに、suisなどの変化形の原形として、動詞でもある。だから、名詞中心に考えながらも、それを時に動詞表現に言い換え、名詞表現と動詞表現との間を、容易に思考が往復できる。
【p.122】
この翻訳用日本語は、確かに便利であった。が、それを十分に認めた上で、この利点の反面を見逃してはならない。と私は考えるのである。つまり、翻訳に適した漢字中心の表現は、他方、学問・思想などの分野で、翻訳に適さないやまとことば伝来の日本語表現を置き去りにし、切り捨ててきた、ということである。そのために、たとえば日本の哲学は、私たちの日常に生きている意味を置き去りにし、切り捨ててきた。日常ふつうに生きている意味から、哲学などの学問を組み立ててこなかった、ということである。それは、まさしく、今から350年ほど前、ラテン語ではなくてフランス語で『方法序説』を描いたデカルトの試みの基本的態度と相反するのであり、さらに言えば、ソクラテス以来の西欧哲学の基本的態度と相反するのである。
【p.124】
参照【「翻訳語成立事情」柳父 章著】
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Je pense, donc je suis. つまり英語で言えば、
I think therefore I am. は、日本語では、
私は考える、だから私はある。というように翻訳され、「ある」という表現になっている。
【p.120】
簡単に図式化すれば、
suis→存在する→ある
という、いわば二段階の翻訳の過程をたどっているのである。この矢印の方向は、一方通行であって、逆の方向の思考の働きはない。
【p.121】
「ある」という一見やさしい、日常語風のことば使いは、実は日常語の文脈のルールに従って使われているのではなく、西欧語から翻訳用日本語へ、さらにその翻訳用日本語からの翻訳、という経路で天降ってきたのである。哲学の専門家にとっては、表面上「ある」とは言われていても、その頭の中では、suisなどの横文字と、その翻訳語「存在する」が働いており、そのことばで考えている。「ある」で考えているのではない。だからこそ、「私はある」ということば使いのおかしさが、これまで全く見過ごされてきたのである。
【p.122】
デカルトの『方法序説』で、前掲文の少し後のところでは、このje suisということを、mon étre(私のétre)と言い換え、そのことからまた、Étre parfait(完全なétre、つまり神)を考える。ここでは、suisの名詞形étreの方が、思考の中心になる。そしてまた、このétreは、名詞であるとともに、suisなどの変化形の原形として、動詞でもある。だから、名詞中心に考えながらも、それを時に動詞表現に言い換え、名詞表現と動詞表現との間を、容易に思考が往復できる。
【p.122】
この翻訳用日本語は、確かに便利であった。が、それを十分に認めた上で、この利点の反面を見逃してはならない。と私は考えるのである。つまり、翻訳に適した漢字中心の表現は、他方、学問・思想などの分野で、翻訳に適さないやまとことば伝来の日本語表現を置き去りにし、切り捨ててきた、ということである。そのために、たとえば日本の哲学は、私たちの日常に生きている意味を置き去りにし、切り捨ててきた。日常ふつうに生きている意味から、哲学などの学問を組み立ててこなかった、ということである。それは、まさしく、今から350年ほど前、ラテン語ではなくてフランス語で『方法序説』を描いたデカルトの試みの基本的態度と相反するのであり、さらに言えば、ソクラテス以来の西欧哲学の基本的態度と相反するのである。
【p.124】
参照【「翻訳語成立事情」柳父 章著】
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